• コラム| 文化財防災センター
更新日:2025年2月26日 09:00

博物館・美術館のリスクマネジメント

 博物館や美術館を取り巻くリスクには、どのようなものがあるでしょうか。近年、大きな脅威となった事案の一つに、2020年から始まった新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックがあります。自治体からの要請、あるいは感染拡大防止の観点から臨時休館や事業の縮小を余儀なくされたことは、未だ記憶に新しいかと思います。一方、それを契機として、感染症対策の強化が進み、バーチャルミュージアムやXR技術を用いた展示が盛んに導入されるなどの変容が見られました。そのほか、特に欧米において、環境活動家による美術作品への破壊行為(ヴァンダリズム)が頻繁に発生しており、新たな脅威となっています。それでも依然として、わが国では地震、風水害、火災といった災害が、主要なリスクとして挙げられるでしょう。

 一般的に、リスクとは"発生確率"と"影響度"から見積もられます。すなわち、発生確率が高いほど、影響度が大きいほど、リスクは大きくなります。それに対して、特定、分析、評価、対応といった手順でリスクマネジメントが行われますが、このリスクへの対応については、主に①回避、②転嫁、③低減、④受容に分けられます。ここでは、パリ・ルーヴル美術館の事例をご紹介したいと思います。

 パリでは、大雨によりセーヌ川の水位が高くなることが、度々発生しています。一番よく知られているのが1910年の大洪水ですが、近年も2016年や2018年に水位が高くなり、セーヌ川に面したルーヴル美術館では臨時休館やコレクションの緊急避難がおこなわれました。すなわち、セーヌ川の水位上昇に伴う洪水あるいは地下水位の上昇は発生確率が高く、その被害も甚大であるため、優先的に対応しなければならない大きなリスクでした。そこで、2019年10月にフランス北部のリエヴァンにルーヴルコンサベーションセンターを開設し、パリで水害のリスクに晒されているコレクション25万点を輸送・収蔵するプロジェクトを進めました。これはリスクの回避、転嫁といえます。また、パリ・ルーヴル美術館では洪水に対する防御計画(PPCI: Plan de Protection Contre les Inondations)を作成した上、訓練、リスクのモニタリング、緊急時対応などがおこなわれており、現在も美術館としての活動を継続しています。こちらはリスクの軽減、受容といえるでしょう。

 日頃より、リスクの特定、分析、評価といったプロセスを意識しながら活動し、優先的に対応すべきリスクを関係者全体で認識することからはじめてみましょう。

(研究員 黄川田 翔)