コラム
- 2024.07.11 コラム| 文化財防災センター 文化財防災センターの成り立ちと仕事
- 2024.05.28 コラム| 文化財防災センター 【令和6年能登半島地震 現地レポート】能登半島の漆塗り
- 2024.04.23 コラム| 文化財防災センター 文化財防災とは?-文化財防災スパイラル-
文化財防災センター(以下、当センターと称する)は、国立文化財機構内に設立された組織です。まだ若い組織ですが、1月の石川県能登半島地震をはじめ、地震や豪雨、火災、土砂災害など、設立当初からこれまでに発生した災害から文化財を救出、救出した文化財の修理修復や保管、復旧などを関係組織の協力のもと行いました。今年10月で設立4年になります。ここでは、当センターの成り立ちと日常的に行っている仕事について、お話しします。
今から13年前の2011(平成23)年に発生した東日本大震災では、地震や大津波により甚大な被害がありました。この時に国立文化財機構は文化庁からの要請を受けて、東北地方太平洋沖地震被災文化財等救援委員会を組織して、被災文化財の救援(文化財レスキュー)を実施しました。この事業は、2011年から2年間にわたり実施されました。その後、救援委員会は解散いたしましたが、2014(平成26)年度から6年間にわたり文化庁の補助金を受けて国立文化財機構内に文化財防災ネットワーク推進室を設け、「文化財防災ネットワーク推進事業」を取り組んでまいりました。この事業では、わが国の文化財防災の体制構築を図るとともに、文化財防災のマニュアル作成や救出の初期対応に係わる研修会等の実施を行ってきました。そして、この時の成果を基に、2020(令和2)年10月1日に国立文化財機構の本部施設として当センターは設立されました。
当センターは、①地域防災体制の構築、②災害時ガイドライン等の整備、③レスキューと収蔵・展示における技術開発、④普及啓発、⑤文化財防災に関する情報の収集と活用、の5つの事業を柱として取り組んでいます。以下に、昨年度(令和5年度)の活動について、5つの事業からその一部を紹介します。
①地域防災体制の構築では、ヒアリング調査を実施して、当センターと都道府県の文化財保護行政担当者との連携体制を図るとともに、災害発生時におけるレスキュー活動の連携体制や都道府県間の広域連携による相互支援体制の支援等の実態把握を進めています。また都道府県で行われている文化財防災に関する協議会や研修会等に参加して、事業報告や情報交換等を行いました。②災害時ガイドライン等の整備では、救援活動時の作業環境や一時保管場所構築に係るガイドラインを順次策定しており、これまで文化財の放射線対策ガイドブック、室内労働環境の浮遊カビの測定 ・ 評価と浮遊カビ等からの防護に関する管理基準、浮遊カビ等からの人体の防護に関するマニュアルなどを、関係組織と協力して作成しました(https://ch-drm.nich.go.jp/facility/2022/03/post-49.html)。そのうち、室内労働環境の浮遊カビの測定 ・ 評価と浮遊カビ等からの防護に関する管理基準、浮遊カビ等からの人体の防護に関するマニュアルについては今後、諸外国で活用できるよう英語版を公開する予定です。③レスキューと収蔵・展示における技術開発では、一時保管場所のおける文化財の劣化要因の許容範囲の明確化、消火設備の現状と課題、立体作品の転倒防止に関する研究など、被災の原因究明や対策などに関する研究を進めています。④普及啓発では、視聴覚資料の応急処置ワークショップや一時保管環境の生物被害対策ワークショップ、文化財防火デートークイベント、研修集会などを開催しています。特に昨年度は研修事業の充実を図るため、被災文化財対応基礎研修のオンライン研修を開催しました。⑤文化財防災に関する情報の収集と活用では、各団体の講演会や大会に参加して情報収集を行いました。特に昨年は関東大震災から100年を迎え、各団体において多くの講演会や展覧会が開催されたことから、それらに参加して日本における防災と災害復興に関する取り組みの情報収集を行いました。これら以外にも受託事業の実施や他団体との共催で国際会議を開催などの活動を行いました。
我々の活動についての詳細は、文化財防災センター年次報告書に掲載しております。HPからも閲覧できますので、この機会にぜひ、ご一読いただければ幸いです(https://ch-drm.nich.go.jp/facility/2024/06/5-3.html)。
(アソシエイトフェロー 小峰幸夫)
令和6年1月1日。皆さまご承知の通り今年の元日に能登半島を震源とする令和6年能登半島地震が発生しました。この地震で犠牲になられた方に哀悼の意を表すとともに、被害にあわれた方々にお見舞申し上げます。
この地震により文化財についても大きな被害が発生しており、当センターでも現地で活動をさせていただいております。今回は、この5ヶ月間現地に赴き感じたことをお話しさせていただきます。
能登地方に行って感じるのは、能登の人たちは能登の文化を大切にしているということです。その多くは、必ずしも文化財として意識されていません。しかし、外部の目から見ると十分地域の文化財として、暮らしの中に根付いていることがわかります。能登半島地震の被災状況を伺うなかでよく出てくるものとしては、輪島塗があります。もちろん輪島塗は今回の地震で最も注目された文化財でもありますが、この地域における塗り物としてみると、高級漆器である輪島塗とはもう少し違った点がみえてきます。
まず第一に非常に多くの家で、一揃いの漆器の膳椀を所有しているということが上げられます。揃いの膳椀が何セットもあることも珍しくありません。話を伺うと、こうした膳椀は現在も使われているとのことです。こうした漆器を個人宅で使うことはめっきり少なくなりましたが、まだまだ生活の中に漆器が生きているようです。
漆塗りというところからこの地域をみると更に広がりがあります。この地域ならではの習慣として、家の目立つ柱に漆塗りを施すということもあります。立派な家であることの象徴とのことです。いわば大黒柱が漆塗りを施している感じでしょうか。
奥能登の各集落では、キリコと呼ばれる燈篭が集落内を練り歩くキリコ祭りが盛んに行われています(石川県観光連盟ウェブサイト「ほっと石川旅ねっと」※外部リンク)。キリコは、一般に4メートルから6メートルほどの大きさの縦長の燈篭で、最大のものは10メートルを超えます。このキリコもまた漆塗りが施されます。そして、ここでも話しを伺うと、集落で持っている大きなキリコ以外にも、初孫の誕生を記念してといったように、個人を記念したキリコもつくられ、祭りの日には家の前などに飾られるそうです。この個人のキリコは、ミニチュアサイズのキリコですが、やはり漆塗りが施されます。
輪島塗は高級な膳椀そして作品としての漆芸品だけではなく、暮らしに密着した特別なものとしてこの地域に根ざした存在です。被災した文化財の救出活動では、貴重な文化財を救出するだけではなく、こうした地域に根ざした存在である文化財にも着目し、活動を進めていきたいと考えています。
(文化財防災統括リーダー 小谷 竜介)
「防災」と聞くと、「災害を防ぐ」こと、すなわち「災害に遭わないようにする」ということと普通には思います。この考え方は間違ってはいないのですが、想定外の災害が起きることもあり、災害をゼロにすることはなかなか難しいという現実があります。実際には、「できるだけ災害に遭わないようにする」という考えで、様々な対策がおこなわれています。「できるだけ」ということで、このような取り組みは「減災」と言われています。「減災」という意味での「防災」は、言うなれば狭い意味での概念ということになります。
災害が起きると、まず人命救助、避難所の開設、仮設住宅の建設がおこなわれます。これは、「救援」活動になります。そして、道路、水道、ガス等のいわゆる社会インフラの「復旧」が進められます。この復旧の過程あるいはその後の取り組みとして、同じような被害を生じないような様々な取り組みがなされます。これが先に述べた「減災」です。「減災」はあくまでも想定の範囲内でおこなわれる対策です。「想定外を想定」して、より厳しい災害が起きた時に、どのように迅速に「救援」活動をおこなうかをあらかじめ準備しておくことが重要となります。地域防災計画の見直しなどがそれに相当するでしょう。これは起こりうる想定外の災害に対する「事前の準備」ということになります。
実は、この一連の「救援」、「復旧」、「減災」、「事前の準備」というプロセス全体が「防災」として定義されているものです。この一連のプロセスを経ると、被災前の状況よりも災害に対してより強い社会を作り出すことができます。災害は至るところで発生していますので、その経験や情報を共有し積み重ねていくことで、災害に対してより強靭な社会をつくりだしていくことができるものと考えられます。一連のプロセスを繰り返して次第に防災力を高める、すなわち、らせん状に防災力を高めていくということで、防災スパイラルという概念が出されています。
文化財の分野でもこの考え方は同じです。災害により文化財が被害を受けると、被災した文化財の「救援」がおこなわれます。救援された文化財はその後、修理され、元の状態への「復旧」がおこなわれます。もちろん、完全に元の状態に戻すことは困難な場合が多いのですが、それでもできる限り元の状態に近づけることができるように修理等がおこなわれます。修理等を施された文化財は、元の所有者のところに返ることになります。しかし、また、同じような災害が起きることがあります。そのため、同じような被害を出さないための様々な対策がおこなわれます。残念ながら、想定を超える災害が起きます。そのような場合に、どのようにして被災した文化財を救援するかをあらかじめ考えて準備をしておくことが重要となります。これは災害に対する「事前の準備」になります。一般的な防災の概念と同様、文化財防災も同じ概念であり、文化財に対する一連の「救援」、「復旧」、「減災」、「事前の準備」というプロセスを繰り返して、より強靭な文化財防災体制を築き上げていくということで、私たちは「文化財防災スパイラル」と呼ばせていただいています。
(文化財防災センター長 髙妻 洋成)